(唐木田之愛)
金水(2003)によると、九州弁の与えるイメージとして「やくざ」「暴力的」「怖い」「強い」というものがある。また、田中(2011)にも「男らしい」方言として九州方言が取り上げられている。漫画や映像作品における九州弁由来の言葉として、金水(2003)では「~タイ」「~シトー」「~ヤロ」「~ケン」の4つが挙げられている。そこで、今回の調査対象作品である「坂道のアポロン」(1-3巻 総セリフ数3048)においてこれらの九州弁由来の言葉の使用回数を調べ、キャラクターの属性として九州弁の与えるイメージを持っているキャラクターとそうでないキャラクターに、これら4つの言葉の使用率に違いはあるのかを比較していく。
図1
次に、各キャラクターの総セリフ数から、この4つの言葉の使用される割合を比較する。
川渕千太郎 4.10% (1-3巻総セリフ数708)
迎律子 6.77% (1-3巻総セリフ数458)
迎勉 7.69% (1-3巻総セリフ数39)
淳一 3.31% (1-3巻総セリフ数121)
まり子 9.75% (1-3巻総セリフ数41)
山岡 0% (1-3巻総セリフ数38)
丸尾重虎 0% (1-3巻総セリフ数30)
割合のみを見ていくと、九州弁のイメージのような属性を持たない山岡、丸尾に使用例が見られないというのは参考資料にも当てはまっていると言える。
厳格な性格の勉の割合が高いというのも、九州弁イメージに当てはまる性格であるからと考えられる。しかし、原作で喧嘩が強く豪快なキャラクターとされている千太郎の割合が低く、川渕の兄貴分として書かれている淳一の割合も低い。反対に、素朴で面倒見が良いという性格の律子が6.77%という高い割合となった。
回数のみに着目して見ても、九州弁由来のことばの使用回数は律子が一番多く、総セリフ数が一番多かった千太郎を上回っていた。
ここで、どんなシーンのときにこれらの言葉が使われているのかを見てみると、律子は
「生傷増えとるたいね…/またケンカしたっちゃなかろうね?」(一巻p40セリフ1-2)
「静かに逃げて/あとは千太郎がどがんかするけん」(一巻p118セリフ7-8)
「千太郎!/薫さんから手ば離して!!/友達やろ!?」(二巻p84セリフ1-3)
など、ケンカを諌めるシーンにおいてこれらのことばが使われていることが多い。
また、割合が最も高かったまり子のセリフを見ていくと、
「大丈夫まり子が責任取るけん」(一巻p77セリフ2)
「変な音出すとやめてって言ったやろー」(一巻p108セリフ4)
「今度弾いたらママに言いつけるけんね」(一巻p108セリフ6)
これらは主人公の薫に向けられて発せられた言葉であるが、このようにやや高圧的なものが多い。
これらのことから、九州弁の与えるイメージのような性格をもたないキャラクターでも、その時の気分や場面によっては強いイメージをもつ九州弁由来の言葉を使用するというように考えられた。
今回取り上げた4つの言葉の中で一度も使用が見られなかった「~シトー」に関してだが、この作品の中では「~シトー」が当てはまると思われる箇所には代わりに「~シトル」ということばが使われていた。
また「~タイ」の代わりに「~バイ」ということばが多く使われていた。これは「~タイ」「~バイ」には意味の違いがあるからとも考えられるが、この結果には、九州弁という大きなくくりでの調査であったため、ズレが生じたのではないかとも感じた。
今回の調査結果から方言話者地域を舞台とした作品において、その多くの方言使用キャラクターが方言の持つイメージを少なからず内包しているのではないかと考えられた。
引用文献リスト
NHK放送文化研究所(編) (1997)現代の県民気質―全国県民意識調査 日本放送出版協会
金水敏(2003)ヴァーチャル日本語役割語の謎〈もっと知りたい!日本語〉 岩波書店
田中ゆかり(2011)「方言コスプレ」の時代:ニセ関西弁から龍馬語まで 岩波書店