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5.6.原作の漫画と韓国語翻訳版漫画の比較(朴ジヒョン)

0312854 朴 志炫

ここでは、原作の『テニスの王子様』と韓国語版の『テニスの王子様』の漫画を比較し、日本の方言が韓国語でどのように翻訳されているか分析する。日本の方言が韓国の方言に翻訳されている場合は両国の方言に対する役割語スタイルが分かると予想する。一方、翻訳版で日本の方言の特徴が反映されなかった場合、つまり、日本の方言がすべて標準語に翻訳されている場合は日本の方言が韓国語ではなぜ方言で対応されなかったかその理由と韓国語の標準語で翻訳された際のキャラクター性を韓国語の標準語でどのように表しているか調べていきたい。

5.6.1 セリフ分析

表8 白石蔵ノ介(大阪弁)

表8 白石蔵ノ介(大阪弁)

韓国語漫画で大阪方言使用キャラクターの白石蔵ノ介のセリフは名詞、動詞、助詞、感動詞の項目で韓国語の方言が全く使われなかった。つまり、白石のセリフのすべてが標準語で訳されていたのである。ただ、標準語の中で白石特有の“んーん(응-응)”の決め台詞が入っていることから、白石独特の言い方は韓国語版でも残っていることが分かる。

表9 甲斐裕次郎(沖縄弁)

表9 甲斐裕次郎(沖縄弁)

韓国語漫画で沖縄弁使用キャラクターの甲斐裕次郎のセリフも全部標準語で訳されていたため、名詞、動詞、助詞、感動詞の項目で韓国語の方言が全く使われなかった。だが、甲斐の場合、記号の“~”や“!”が頻繁に使われ、冗談好きのような印象をもたらすと考えられる。

韓国語漫画で熊本弁使用キャラクターの千歳千里のセリフも上の2キャラクターと同じく、全部標準語で訳されていたため名詞、動詞、助詞、感動詞の項目で韓国語の方言が全く使われなかった。だが、千歳千里は標準語に特徴がなく、普通の標準語や記号しか使われなかったため、上の2キャラクターに比べて少し大人っぽい印象をもたらすと考えられる。

表10 千歳千里(熊本弁)

表10 千歳千里(熊本弁)

5.6.2 分析結果

調査対象の白石蔵ノ介・甲斐裕次郎・千歳千里の3キャラクター全部日本の方言使用キャラクターであるが、韓国語版では基本的に標準語で訳されている。また、方言を使わないことで原作漫画のキャラクターより性格が落ち着いているイメージがあるが、キャラクターの口癖や記号の使われ方が加わったことにより個性が増したと考えられる。

また、方言以外の側面ではセリフの中で使われる人称は原作のまま韓国語版で訳されていた。ただ、学校の呼び方が日本は「青学」となっている一方、韓国語版は「青春(세이슌)」と訳されていた。その呼び方の違いの理由は不明であるが、韓国語ネイティブとして「青学」より「青春」のほうが韓国人にとって発音しやすいからではないかと考える。

5.6.3 韓国語翻訳版漫画に方言が出なかった理由

1.時代的な理由

韓国語版の『テニスの王子様』は韓国の出版社DAEWON C.Iから1999年조은정(チョウ ウンジョン)によって翻訳された。『テニスの王子様』が韓国で出版された1999年は90年代を全般的に見て方言に対する意識がマイナスからプラスになってくる過渡期であった。90年代初期の方言に対するニュースや新聞記事でメディアの方言使用について연합뉴스(1990.3)‘사투리사용의문제(方言使用の問題)’연합뉴스(1991.1)‘方言使用のマイナスイメージのキャラクターが地域感情を刺激する憂慮がある’연합뉴스(1991.3)‘사투리의남용(方言の乱用)’など方言に対してマイナスイメージの言葉が入った記事が多かった。だが、90年代の後半になっていくと方言に対するマイナス的な言葉より연합뉴스(1997.10)‘方言大会の開催’연합뉴스(1998.8)‘方言祭り’연합뉴스(1999.9)‘方言の商品化’などの方言に対するプラス的な言葉が入った内容の記事が増えてきた。そのあと、2001年に『チング』という方言を主に使った映画が出た時代から韓国には方言についての意識が良くなってきたのである。

つまり、『テニスの王子様』が韓国で出版された時期は韓国人の方言に対する意識がプラスになってきたのは確かなことであるが、まだ今のように方言がメディアで普通に出るような時期ではなかったから原作の『テニスの王子様』で使われた方言が韓国語の方言に訳されなかったのではないかと考えられる。

2.韓国人の方言に対する意識[鄭恵先(2008)]

鄭恵先(2008)『方言意識の日韓対照-役割語翻訳の観点から』では、漫画キャラクターの言葉遣いについての意識調査を行った。調査の内容は人物イラストと言葉遣いをランダムに配置し、各人物イラストにふさわしいと思う言葉遣いを2文ずつ選ぶのである。調査の結果は日本と韓国の両言語の母語話者の方言正答率が韓国語の方言より日本語の方言が高かったのである。つまり、日本の方が方言に対する意識、いわゆる役割語度が高いということを示すのである。

このようなことからも、韓国は方言に対する意識が日本より低いため、日本の原作が方言で書かれても、韓国語版に翻訳されるとき日本の方言に相当する韓国の方言が重要とされなかったのではないかと考えられる。