2009年度
先輩たちの卒業論文のテーマと要旨の紹介

日本大学国文学会『語文』第百三十七輯 掲載論文

伊藤彩花卒業論文
プロ野球中継における実況の談話分析
千葉夏南卒業論文
現代漫画のオノマトペ―掲載誌の対象性・年齢による差からみた表現技法―
栃原典子特殊研究ゼミナールⅡ
若年女性における携帯メール表現の使い分け
船山千恵特殊研究ゼミナールⅡ
新潟県新発田市若年層の方言使用状況

小西郁穂
接触場面における日本語学習者の「断り」行動

現在日本で日本語を学習している日本語学習者20名(中級話者10名・上級話者10名)を対象に、親疎上同で分類した4人の相手からの「引っ越しの手伝いの依頼」を断るという内容の面接型談話完成テストを実施した。回答者による「断り」談話を録音し、「詫び」「直接的な断り」「理由説明」など計6つの「意味公式」を用いて分析を行った結果、学習者が母語話者同様、相手によって「断り」行動を使い分けていること、また、上級話者の「断り」行動が中級話者のそれよりも多様・複雑であり、ゆえに母語話者の方略により近いと言えそうであることなどがわかった。また、調査後のコメントより回答者の言語意識についても考察し、日本語学習者が普段、対人コミュニケーション等を含めた「言語行動」以上に、敬語や文法といった「言語表現」に関心を持っていること、さらに従来の日本語教育界においても「言語表現」により重きが置かれてきたことに言及し、今後、教育者・学習者の双方が「言語行動」に対する意識をもっと高めていく必要があることを指摘した。

向後淑子
音声日本語からみた日本語手話の多義性

手話言語の多義性にはどのような特徴があるのか明らかにするため、手話辞典とシソーラスを用いた日本手話の多義語調査を行った。手話辞典は構成の異なる2種類の手話辞典を対象とすることでより広範囲にわたった手話語彙と日本語語彙のデータを収集した。「手話言語には本当に多義性があるのか」「あるとしたら、ひとつの手話に対していくつの日本語の意味が付随しているのか」「多義を構成する意味の間には何らかの関連性が認められるのか」といった観点で調査を進めた結果、ひとつの手話は平均で3語以上の日本語語彙の意味を持つことがわかった。また、手話は日本語の意味としては全く関係ない語彙同士が多義をとして認められることもわかった。
具体例をあげて多義の派生パターンを考察し、複数の手話表現をもつ日本語の意味(異形同義語)の特徴も合わせて考察した。

棚橋瞳
ラブコメディ漫画における役割語

本稿は、漫画、中でもラブコメディ漫画を対象とし、そこに登場する男性キャラクター・女性キャラクターそれぞれのセリフの文末表現・自称・対称について調査し、男性キャラクターと女性キャラクターのセリフの違いだけではなく、同じ男性キャラクター・女性キャラクターでもキャラクターの内面的性格、外面的特徴、漫画における役割によりどのような違いがあるか考察していく。また、漫画の発売された年によってセリフに違いがないかも考察した。
文末表現において、「女性らしさ」「男性らしさ」があらわれている表現がいくつかみられ、中にはその「らしさ」をあらわす表現が昔の漫画に比べ現代の漫画では一部少なくなってきているものもあったが、現在でもなお性差が区別されてセリフが書かれているように思われる。また、自称・対称においては文末表現より性差がはっきりとあらわれていたように思われる。しかし、単純に性差で二分されているわけではなく、キャラクターごとによる違いもみられ、私たち読書はそのセリフから、そのキャラクターのイメージをより膨らませているのではないかと思う。

橋本香澄
携帯電話の文体分析―大学生と親世代の比較から―

携帯電話の普及率が高い若年層を中心とした携帯メールの文体の特徴は、今まで様々な論文で扱われていたので、今回は世代差を見ることを目的に調査をした。ロールプレイング調査で得られた携帯メールテキストを総文字数・総文節数・総文数、各種記号、文末の丁寧度、行数・空白行、特有な語、文末伸ばしの6つの観点から分析し、アンケート調査で、顔文字、機種依存絵文字、デコレーションメールの使用程度とその理由、また誰に送信するのかという使用意識を分析した。総文字数・総文節数・総文数の平均では、大学生も親世代も参考文献の数年前の調査結果より総文字数の平均が短くなり、大学生の方がより短いということ、各種記号では、親世代男性以外、各記号種の中で最も使われているものが機種依存絵文字であること、行数・空白行では、大学生は1行につき約1文の割合で、親世代は1行につき約2文の割合であり、大学生の方がまめに改行をしているなどのことが分かった。

青玲歌
沖縄音楽における恋歌の歌詞分析―古典・民謡・新民謡の比較から―

本稿では沖縄音楽を古典、民謡、新民謡の3ジャンル(時代別)にわけ、歌詞集や三線の楽譜である工工四(クンクンシー)に記された琉歌調の恋歌を対象に調査を行った。修辞法、叙述形態、上の句と下の句の関係に注目し、ジャンルごとの特徴を明らかにするとともに、全体の比較から恋歌の表現にどのような違いがあるか、また共通語化による影響があるかを検証していくことが本論文の目的である。
分析の結果、古典は琉歌の表現を残しているため詠む歌としての特徴が強く、民謡は男女の「歌掛け」の影響から、語りかける表現が多いことが分かった。また新民謡は、古典と民謡にはみられない新しい表現をもちながら、琉歌の伝統的表現も取り入れていた。この伝統的表現への意識や、叙述形態にみられた表記の混乱が共通語化の影響によるものと考えられる。
3ジャンルそれぞれが影響しあい、時代と人々に受け入れられる音楽として変化していることが調査全体で明らかとなった。

井坂茉央
中学生に見られる気遣いの言語表現について

中学生1~3年生を対象として、話す相手の属性・場面別に、配慮表現をどの程度用いてコミュニケーションを取っているのかということについて調べた。こちらで想定したシチュエーションと相手別に、手書きによるアンケート調査を行った。言語の面でも成長段階にある彼らがどの場面でどの程度、配慮表現を使うのかについて、配慮表現=「緩和表現」「前置き」「フィラー」の3つの面から調査した。
シチュエーション別にみた場合、頼みごとをするシチュエーションでは要求の高さに比例して配慮表現が多く出現したのに対し、頼みごとを断るシチュエーションでは配慮表現の出現が少なく、また規則性も見られなかった。「相手にしてほしい」という要求の方が被調査者にとって重要度が高いのではないか。相手別にみた場合、同性よりも年上、同性よりも異性への配慮表現が多く見られた。しかし「同い年の親しい異性」を相手に想定した場合のみ急激に、男子の配慮表現は増加し女子の配慮表現は減少した。

伊藤彩花
プロ野球中継における実況の談話分析

プロ野球中継の実況アナウンサーと解説者の発話をテレビとラジオで比較し、それぞれの特徴を探った。実況アナウンサーの発話は、テレビでは全体の約6割、ラジオでは約8割を占めている。その内、テレビの約3割、ラジオの約6割が試合の実況をしているものであり、その内容にも大きな差が見られた。解説者はラジオに比べテレビのほうが発話量は多い。また、実況アナウンサーと違い、解説者自身の考えを話す事があるが、それもラジオよりテレビのほうが多かった。
これらの特徴は、ラジオでの中継は実況アナウンサーによる試合の実況が主な内容であり、解説者の発話が少なくなってしまう事や、テレビでの中継は映像がある分、試合の実況をする必要がないため解説者が話す機会も多くなるという事を示している。

塩澤薫
男・女を含む複合語のWWW調査

2009年に入り私は、○○男、○○女、○○男子、○○女子、という複合語を聞くことが多くなったと感じた。そのため、頻出しているという真偽を確かめ、感じたきっかけをWWW上から探っていく。検索エンジンGoogle・Yahoo!JAPANでキーワード検索を行い、ヒットした「男」「女」「男子」「女子」を含む語の先頭100件を対象にする。
男・女を含む複合語がもっとも作られたのは2008年であった。得に○○男子、○○女子の造語の勢力を拡大させる要因になったのは2006年から「日経ビジネスオンライン」で連載がスタートした深澤真紀のコラム『U35男子マーケティング図鑑』で、○○男子、○○女子という複合語に25歳から35歳という年代を限定して付加した。
その結果、「男子」「女子」という語は、今までの「スポーツ」や「学校」「学年」の用法以外にも、年代を限定する用例を獲得し、2008年拡大するきっかけになったと考えられる。

砂川ひな子
宮古島方言オノマトペの概観と特徴

沖縄県宮古島の方言に現れるオノマトペについて、辞書間比較や語分類、基本語形分類といったテキスト調査や、宮古島方言話者をインフォーマントとするアンケート調査を行い、その結果を分析した。辞書間比較では共通語のオノマトペ辞書と宮古島方言の辞書、沖縄語の辞書を用い、掲載の有無や掲載されている表記や意味の差異等を調査した。アンケート調査では、数種に絞ったオノマトペの使用や認知に関わる設問と、宮古島方言オノマトペ全体のイメージに関する設問、自由回答欄を設置し、インフォーマントに回答を依頼したものである。
宮古島方言オノマトペは共通語のオノマトペとは違った語形のものが多く、共通語の辞書にもほぼ掲載されていない。また、語形が同じものであってもその意味に差異が見られた。また、基本語形の傾向も大きく異なる結果となった。アンケート調査では、オノマトペの使用や認知に年代差、性差、職業差があることがわかり、自由回答欄では、新たな宮古島方言オノマトペの発見もあった。

千葉夏南
現代漫画のオノマトペ研究―性差・年齢差における表現技法比較―

オノマトペとは日本語において最も変化に富んでおり、絶えず新しいものが生まれ続けている言語である。中でも、漫画に使われるオノマトペはその変化が顕著に表れている。
ストーリーをより分かり易く魅力的にし、読者の感情移入を促す。漫画においてオノマトペ拍なてはならない重要な表現技法なのだ。そこで本稿では、男性(少年)向けの漫画と女性(少女)向けの漫画ではその使用頻度や表現傾向が大きく異なるのではないかと予想し、様々な年齢層を対象とした男性・女性向けの各漫画誌において、オノマトペが現在の漫画においてどのように効果的な使用がされているのかを研究した。
その結果、男女共にオノマトペを使用したより細かな表現の為に、語形や表記等によるオノマトペの多様化が見られた。その変化も男女同一ではなく、性差・年齢差による各漫画のジャンルでの必要に応じ、強調表現や迫力表現、感情の擬情語等のオノマトペにより豊かな変化が見られた結果となった。

両部奈緒
大学生のあいさつ行動―オハヨウとオツカレを中心に―

大学生あいさつにはどのような傾向があるのか疑問に思い調査を行った。まず実際にどのようなあいさつが行われているのかを知るため、自分と知人に協力してもらい日記調査法を用いてあいさつを収集し分析をした。また、日記調査法により大学生のあいさつの特徴と思われるものについて、大学生に使用状況をきくアンケートを行った。そして大学生の親世代には大学生のあいさつの傾向についてどう感じているか、アンケートによる印象調査を行った。結果、大学生はオハヨウとオツカレというあいさつをよく使うことがわかった。そしてオハヨウというあいさつを「午後にその日最初に会った人」にも使用することが多く、オツカレというあいさつを別れの場面で多く使用する傾向がみられた。また親世代は、授業後にオツカレと言うことについては違和感を持っていないものの、午後にオハヨウを使うことに違和感を持つ人が多かった。

山根舞
やおい同人小説の描写

男同士の恋愛を描くジャンルであるやおいを扱った同人誌のうち、週刊少年ジャンプ連載の人気漫画をパロディにした同人小説を使って、ラブシーンでの女役である受けと男役である攻めそれぞれのキャラクターの体の描写を調べた。同人誌でも、商業誌を使った先行研究である永久保(2005)『やおい小説論―女性のためのエロス表現―』(専修大学出版)で指摘されていたことに近い傾向が見られ、読者が実際に受けと攻めの視点を行ったり来たりしている様子を見ることができた。また、キャラクターは受けと攻めの役割に従った描写がされている一方で、それぞれのキャラクターの容姿は原作から全く乖離するということはなく、原作の設定へのスポットの当て方の違いで受け攻めが表現されているということがわかった。