2022年度
先輩たちの卒業論文のテーマと要旨の紹介

日本大学国文学会『語文』第百七十五輯 掲載論文

中對健人令和四年度 国文学科卒業論文優秀賞論文
建物のネーミング ―東京メトロ銀座線浅草駅と表参道駅の周辺物件を比較して―
巻嶋里香令和四年度 国文学科卒業論文優秀賞論文
温泉街の言語景観 ―草津・箱根・熱海の掲示物の多言語状況―

『日本大学大学院国文学専攻論集』19号 掲載論文

峰島大貴
千葉県下総・上総生育若年層の遊びの言葉 ―アンケート調査から―
DOI https://doi.org/10.57477/nichidaisenkoronshu.19.0_73

峰島大貴
千葉県下総・上総の方言と方言意識(修士論文)

千葉県は、従来関東方言的特徴をよく示す地域であったが、共通語化の進展に伴い、俚言に代表されるような伝統的な方言形の出現は稀になっている。しかし、今もなお使用される伝統的な方言形や、新しい非共通語形などが、地域差、性差を伴いながら存在している。そこで、伝統的な方言の残存状況や新しい方言の受容、方言と共通語に対する意識などを把握すること目的に2022年夏に同地域生育者を対象としたアンケート調査を実施した。言語意識、伝統方言・新方言、遊びの言葉、方言助動詞「べ」について調査した。
言語意識については、首都圏と北関東の両方の様相がみられた。伝統方言・新方言については、伝統方言形は勢力が衰退する一方で定着した語彙もある。新方言形には定着したものもあれば、定着していないものが見られた。遊びの言葉については伝統的な形式は勢力が衰えているが、地域差を伴いながら、様々な語形が残っている。方言助動詞「べ」については、全体としては「べ」の形式は限られ、基本的には終止形に「べ」が接続する形が地域差を伴いながら残っていることが分かった。

村野美里
漫才とコントの違い―M-1グランプリとキングオブコントを比較して―

昨今、多くのお笑い芸人がテレビやラジオ、インターネットなどさまざまなメディアで活躍している。その芸人たちが売れるきっかけの一つになっているのが、毎年開催されている『M-1グランプリ』、『キングオブコント』などお笑いの賞レースである。『M-1グランプリ』と『キングオブコント』はどちらも2人以上のユニットが面白さを競うものである。1本のマイクの前で会話をする漫才と、道具や音響、照明を利用して芝居をするコントと形式に違いはあるものの、会話によって笑いを生むという点においては同じである。本稿は『M-1グランプリ2021』と『キングオブコント2021』の決勝で行われたネタに注目し、漫才とコントはどのような違いがあるのかを明らかにするべく、衣装・道具・照明・音響、発話時間、話者交替、発話数、発話の重なり、人称詞という観点に注目して、調査、分析を行った。分析の結果、漫才の方がコントに比べて話者交替数や発話数が多いなどそれぞれの観点で違いがあることがわかった。

巻嶋里香
温泉街の言語景観―草津・箱根・熱海を例として―

東京からアクセスしやすく、観光地として人気の群馬県草津町、神奈川県箱根町、静岡県熱海市を対象に言語景観に関する調査を行った。各地域商店街、温泉施設、観光スポットを対象に、掲示物における言語状況や内容に関して、集計、分析を行った。主に各地域商店街に焦点をあてて分析を進めたが、結果としてサイン内容や地域によって共通点、相違点があることが明らかとなった。共通点としてどの商店街も日単言語の使用率が一番多くなっていたことが挙げられる。観光庁(2014)はじめ、各自治体のガイドラインと照らして考えると、多言語対応に遅れが生じていると指摘できる。しかし多言語化がまったく進んでいないわけではなく、日英2言語や標準モデル、その他の組み合わせも多数見られた。このことから、日本の温泉街らしさを演出するために日単言語の使用が多くなっている反面、観光地であるがゆえに、訪日客に必要な掲示は多言語で示す傾向にあると言えるのではないかと考える。
また商店街全体を通して、日以外の使用言語として主に英、中(簡・繁)、韓が挙げられるが、それぞれの言語の使用率は各地域への国籍別外国人訪問者数や外国人宿泊者数と関連があることが明らかとなった。しかしインバウンド客が多い国の使用言語よりも他の言語の使用率の方が高い地域も見られた。
その他、温泉施設や観光スポットについても多言語表記されている掲示物が見られた。またQRコードやデジタルサイネージ等を使用している掲示物も見られ、各地域多言語対応に取り組みつつあることが明らかとなった。

大西燈
外国人への生活支援の現状と課題

本稿では、行政区を除いた日本全国の市区町村のうち、外国人人口比率上位599自治体を対象に、外国人への生活支援として、多言語によるごみ処理に関する情報提供の実態について調査と分析を行った。印刷物は、半数以上で提供が見られた。全体として1種類は提供され、4言語程度に対応していた。非常に様々な言語に対応し、英語、中国語簡体字はほとんどの自治体で対応していたが、国籍別外国人数の割合に従ってベトナム語とポルトガル語が多くなっていた。やさしい日本語の対応は全体の4.5%にとどまり、都道府県別外国人数が影響していることが推測された。情報提供媒体は、全体の9.8%の提供にとどまり、アプリと動画が見られた。動画よりもアプリの方が多く提供されており、対応言語数も多かった。これは翻訳に係る人的コストに影響されていると考える。英語、中国語がほとんどで、ベトナム語とポルトガル語も半数以上対応されていたが、韓国語は少なかった。ごみ処理に関する情報提供においては、その特性上、より生活者としての外国人数が多い国籍の言語が採用されているということがわかった。

益子有紗
医療現場におけるコミュニケーション―方言に注目して―

東京都と茨城県の総合病院に勤務する医師並びに看護師を対象にアンケート調査を行い、医療現場における方言の実態を明らかにした上で、コミュニケーションの在り方について考察した。結果として両県において6割を超える医療者が、診療時に患者の方言使用があるとし、またその内半数以上の医療者が患者の方言が分からなかった経験を持っていた。ただ医療者が理解できなかった方言は、東京都の病院では「病院のある地域以外のことば」、茨城県の病院では「病院のある地域のことば」と違いがあった。大都市圏で、様々な地方出身の患者が来院する東京都の病院と、方言が頻繁に使用される地方であり、その地方出身者の患者が多く来院する茨城県の病院では、方言の実態が大きく異なる。また医療者の方言使用は、特に茨城県の病院に勤務する看護師に見られ、茨城県の病院では患者とのコミュニケーションにおいて、方言が非常に大きな役割を果たしていることが窺える。更に医療者の方言使用の是非に関する設問では、県内における勤務年数が長くなればなるほど、医療者の方言使用についてポジティブな意見を持つ医療者の割合が高くなることが分かった。

田中菜々実
東京都多摩地区昔話の『方言』−西多摩地域と南多摩地域の昔話を比較して−

本稿では東京都の西多摩・南多摩地域の昔話の会話文中に現れる方言について、2地域の昔話資料計14冊を調査対象として調査・分析していった。結果として、方言が用いられていない物語が両地域において一定数存在していたものの、実地調査にて表れていた様々な方言要素の出現が確認され、出現割合については助動詞「べえ」「だんべ」「ai連母音」の割合が特に両地域にて高く、標準語形と比較して優勢的に出現することがわかった。また方言要素の出現種類の傾向は両地域ともにおおむね似通っているものの、全体の出現割合や細かな要素の出現において南多摩が西多摩よりも低く傾向が見られるといったことがわかった。そしてその原因としては各冊子の採録方針や、発話者ごとの方言の出現しやすさ、地域差による元々の方言の出現しやすさの違い、そして人口流入による人々の方言浸透度に影響を受けた編集方法の差が考えられる。

溝尻伽音
邦楽ロックバンドの歌詞分析-BUMP OF CHICKEN、Mr.children、スピッツを比較して-

2000年代には数多くの日本のロックバンドが誕生し、平成を彩っていた。その中でもBUMP OF CHICKEN、Mr.children、スピッツの3グループは20年以上愛され続け、活動初期から今にかけて、聴衆に多くの影響を与え続けている。本稿ではそんな3グループの歌詞を形態素解析ツールや先行研究などを参考に頻出語、人称代名詞、品詞比率や語種比率を抽出し、各々における特徴を調査した。結果的に、3グループの共通点と、それぞれの特徴がみられ、大まかにではあるが、日本のロックバンド内での立ち位置を明らかにできたのではないかと考える。

内藤彩音
平成・令和における日本酒のネーミング

平成から令和にかけての日本酒商品名1362個を対象とし、どのような特徴があるのかを明らかにするために調査、分析を行った。本調査の日本酒商品名には、明らかな経年変化があった。特に顕著であったのは文字数の増加と漢字比率の低下である。文字数の増加は要素の付け足しによるものであると考えられ、国税庁の定める「清酒の製法品質表示基準」のような規定に沿った要素と、味覚や容器といった規定外の要素の2つが見られた。一方で価格帯から比較すると、要素の付け足しに関しては、価格の高いものほど「清酒の製法品質表示基準」のような規定にそった要素が多く、価格帯の低いものほど味覚や容器といった規定外の要素が多い傾向にあった。結論として、近年の日本酒商品名の特性は商品の説明を主としたものであり、消費者の商品選択のしやすさの向上が図られる傾向にあると言える。

吉田陽人
台詞からみるディズニープリンセス像の変遷―ジェンダー表現に注目してー

ディズニープリンセスが登場する12作品とプリンセス像の変化が見られる『アナと雪の女王』を加えた全14人のプリンセスを対象とし、文末表現・発話数・人称表現を分析することでプリンセス像がどのように変化しているのか、あるいはしていないのかを明らかにしていくことを目的とした。
調査の結果として、プリンセス像の形成に大きく関わっている言語学的観点は文末表現であるということが判明した。特に初期の作品に登場するオーロラ姫やシンデレラなどは女性性の強い表現として「わ」を使用しているのに対して最新作に近づくにつれて徐々に女性性の強い表現の使用が極端に少なくなっているという結果を得ることができた。その他にも発話数や人称表現についても分析を行った。発話数の増加によってプリンセスが作品に大きく関与しており、これまで助けてもらうだけだったプリンセスが自ら行動を起こすようになったという点でプリンセス像の変化に関与していることが判明した。人称表現についてはプリンセス像には関与していないことが判明した。

安田尚生
即席麺のネーミング

即席麺がどのようにネーミングされているか分析するために、企業毎、麺のジャンル毎に文字種・頻出語・語種・品詞の観点から調査を行った。頻出語、語種、品詞に関しては、麺のジャンルによって異なる傾向がみられた。麺のジャンルによって味付けのバリエーションや用いられやすい具材等の異なる特徴があることが頻出語の傾向に影響していたことから、麺のジャンル毎の特徴が商品名に用いられる語の違いとなり、麺のジャンルによって頻出語、語種、品詞等に関して異なるネーミングの傾向になったと考えられる。メーカー間で比較した場合も頻出語、語種、品詞に関して多少の違いはみられたものの、その差はそれぞれのメーカーのネーミングの独自性ではなく、メーカー毎に扱っている麺のジャンルの比率の違いが起因していると考えられた。ただし、文字種のみ、メーカー独自の文字種の用い方をしている可能性があると考えられる。

中對健人
建物のネーミング―東京メトロ銀座線浅草駅と表参道駅の周辺物件を比較して―

本調査では、建物のネーミングの特徴を明らかにするため、東京メトロ銀座線の浅草駅、表参道駅周辺の建物(物件)を対象に分析を行った。データ収集には、株式会社LIFULLが提供するデータベース「不動産アーカイブ」を用いた。実際に調査対象とした物件の数は、浅草が612件、表参道が665件である。分析には日本語形態素解析ツール『Web茶まめ』を利用した。形態素数は浅草が1631個、表参道が1854個である。また、外来語では意味分野にも注目した。その結果、建物ネーミングの多様化や地域名称(地名・駅名)の採用割合の増加といった共通の傾向が見られた。さらに、山の手と下町という東京の地域性の違いが、外来語の推移や出現する一部の形態素に影響していることが分かった。全体を通して、建物のネーミングには、外来語の多用や意味分野の偏りなどの普遍的な傾向が存在することと、その傾向に地域の特性が組み合わさって実際に現れる名称が決まること、という二つの特徴があることを確認できた。

吉川明里
「コロナウイルス」関連記者会見の分析―東京都知事・小池百合子氏を例に―

本稿は「新型コロナウイルス」に関連する記者会見の特徴を明らかにするため、東京都知事である小池百合子氏が、記者会見で「コロナウイルス」を主題として発話した部分を対象に発話時間や語種、品詞、頻出語を記者会見の種類ごとに分析した。その結果、記者会見の語種や品詞の割合、発話時間や頻出語の変化、語彙素の使い分けなどで共通した特徴があることが分かった。また、発話時間や「頂く」の出現率が2020年から2022年にかけて減少傾向であったことから、記者会見の形が変化したことが分かった。一方で、定例記者会見と比べて臨時記者会見は平均発話時間や漢語の割合、「致す」などが「頂く」を上回る月や期間があったこと、MVRの値が小さかったことから、定例記者会見と比べて長い会見時間の中で漢語を使用することで文章を要約し、より多くの内容と都の方針を伝達することを目的とした記者会見であったことが分かった。

2022年度卒論発表会の様子

2022年度卒論発表会の様子

2022年度卒論発表会

日本大学文理学部国文学科田中ゼミ集合写真