2008年度
先輩たちの卒業論文のテーマと要旨の紹介
日本大学国文学会『語文』第百三十四輯 掲載論文
- 林直樹卒業論文平成20年度鈴木賞
- 街頭演説を中心にした政治家の談話分析
林直樹
街頭演説を中心にした政治家の談話分析
「街頭演説」と呼ばれるメディアに注目し、談話分析を行った。調査は大きく分けて語彙調査・経験によるスタイルの変化を調査するという2種類の観点から行った。
街頭演説の語彙調査では主に「何が話されているのか」を明らかにするため、語彙的特長から街頭演説が話し言葉の中でどのような位置づけがなされているのか、またどのような語が多く使用されているのかを調査した。談話分析では「どのように話しているか」を明らかにするため、調査対象者を経験年数ごとに4つのグループに分類し、その演説スタイルの変化をフィラーや言い淀みといった観点から分析した。
分析の結果、語彙調査は、話し言葉ながら書き言葉性の強い特徴をもつことが明らかになった。また、使用度数の多い語を選挙別・性別などにより比較した結果、「語られていること」に差があることが分かった。談話分析では経験を積むほど「演説的」になるのではなく、ある時期を境に演説の自発性が強くなり、言い淀みなどが多く出現する傾向にあることがわかる結果となった。
相原康平
プロ野球ヒーローインタビューにおける言葉の調査
プロ野球では、毎試合終了後に活躍した選手1人または複数人の選手が再びグラウンドに登場し、集まった観客の前でヒーローインタビューを受ける。しかし、細かなプレー1つ1つの解説や心境、また翌日の新聞記事に載るようなコメントをとる為の会見は、ヒーローインタビュー後に、ファンには見えない落ち着いた場所で改めて行われる。ヒーローインタビューはいわば、アピールやファンサービスの場なのである。ヒーローインタビューとは、話術に長けている訳でもない選手達が、内容の準備も出来ないままに大勢の観客の前でファンサービスという名目で行われるという過酷なものである。しかしそんな中でも、年齢や経験を重ねた選手や、ファンの多い本拠地球場でのヒーローインタビューでは、発話スピードが緩やかになったり、同じ返答ばかりという事を避けたり、曖昧な印象を与えないようにしたりといった、聞き手であるファンへの気遣いをするようになる事が分かった。
秋山真弓
味ことばの文体調査―雑誌のテキスト調査とイメージ調査から―
雑誌でよく見かける「おいしい」や「甘い」「濃厚」などの、味を表現する言葉はどのような表現が頻繁に使われているのか、タウン雑誌・グルメ本を比較して表現の特徴はあるのか、味ことばの傾向とはどのようなものかを探っていった。またアンケートでは、分類する上で意味がいくつかある味ことばに対して、読者が考えている意味を調査し、普段使っている表現と好きな表現に違いがあるのかを調査した。テキスト調査では「濃厚」という味ことばが最も多く使われていることがわかった。しかしこのことばにはいろいろな意味が含まれていて、意味を1つに断定し、分類することは難しい。雑誌の比較では素材の産地や鮮度の説明に重点を置いたり、食感の表現に重点を置いたり、組み合わせの良さを特に表現したり、様々であった。アンケート調査では読者が考える味ことばの意味を調査し、意味の捉え方に違いがあることがわかった。さらに普段使う味ことばは、視覚、嗅覚、触覚、聴覚、味覚と、同じ感覚を共有している相手が近くにいて最低限のことばで通じるので、味覚評価の「うまい」の使用度が高く、逆に共感覚表現の使用度が低いことがわかった。好きな味ことばの調査では共感覚表現の味ことばが好まれるという結果が出た。
佐々木茉麻
占いの文体調査―らしさとは―
占いには、日常とは違う独特の雰囲気、世界観がある。それは文体から見られるのか、又どういうものなのか。神社仏閣のおみくじと雑誌に掲載される占いを、形式、表現パターン、良い時・悪い時に使用される言葉、接続詞、副詞、頻出語彙の視点から比較、分析し、占いらしさを見た。調査の結果、占いには、悪い運勢でも良い時に言葉が多く使用され、逆接の接続詞が使用されやすいことがわかった。悪い時の言葉と平坦な文章を嫌うという傾向が見られた。そして、おみくじと雑誌記事では、表現パターンに違いが見られた。おみくじでは、命令が多く使用され、雑誌記事では、提案が多く見られた。おみくじは、中村同様、神という超越的な存在を大切にし、雑誌記事では、読者を大切にしているという傾向が見られた。占い全体の文体に占いらしさというものが見られるが、その中にも、占いの種類ごとに違いが見られるということがわかった。
出垣徹也
日本語ラップの研究―韻とリズム―
ヒップホップ・ミュージックなどで用いられる歌唱法、ラップが、日本語で行われた際にどんな特徴を示すのかを、「韻」と「リズム」という二つの観点から調査した。
「韻」の観点からの調査は、同時期のJポップの楽曲と比較して行った。押韻が行われていると考えられる休符前の音を調べた結果、1つの音符にのった最も強く発音される母音が共通であることを「韻を踏んでいる」としており、歌詞カードの表記よりも実際の音の響きを重視していることが分かった。また、押韻は1音だけでなく、アーティストによる程度の差はあるものの、平均して2音以上行われていた。また、日本語ラップの楽曲では、従来の歌謡曲とは比べ物にならないほど特殊拍の独立性が低く、それが日本語ラップを特徴づけていることが分かった。
小曽根美貴子
ニックネームの特徴とその作成のパターン―マスメディアに現れる人々の名前を中心に―
ニックネームがどのような特徴を持っているのか、どのような由来でつくられているのか、どのようなパターンが存在するのか、マスメディアに現れる人たちのニックネームを中心に調べた。ニックネーム表記は「かなのみ」「カナのみ」というシンプルなものが好まれ、4拍からなるものが多い。また由来は名前によるものが圧倒的に多く、もとの名前が短縮されたものが多い。もとの名前を想起しやすいように、姓または名の語頭2モーラがニックネームとして用いられることが多いとわかった。また例外として語中からニックネームとして採用されている場合は濁点が含まれているケースが多い。名前を省略、変形、促音化、拗音化などさせて言いやすいように変化させたものがニックネームとなっている。
柴田雪乃
マイナス表現の言い換えについて
本研究は言葉に対する意識・表現の傾向を探ると共に、かつての流行語の行方を見ることを目的として調査を行った。また、調査協力してくれた人達にとって、言葉を考えるきっかけになってほしいというねらいを持つ。結果として、使用する際より使用される際の方が抵抗感が高く示された。言い換えの傾向として、「ちょっと」や「あまり」等の、程度を低める働きをする語が加えられたり、語尾を伸ばしたり、敬語化したものが多く見られた。
高谷郁江
名前における表記・音韻の傾向について―名付けの志向性―
本稿は、明治安田生命のデータをもとに名前の歴史的変遷を追いながら、表記や音韻に見られる特徴を分析し、日本人の名付けの志向性を探ろうとするものである。さらには、近年に多く見られる、特殊な読み方をする名前においてその傾向を明らかにし、漢字の音訓のルールからの逸脱を指摘することを目的としている。表記に関する調査では、名前の字種や字数、使用頻度の高い漢字、止め字に用いられる漢字について、その時代推移を観察・分析した。音韻に関する調査では、第一音節、重音節、名前の長さ、最終音節という観点から、先行研究と比較分析することで現代の最新傾向を考察した。
名付けは、時代や世相を反映するものであったが、近年は親の日頃の価値観やイメージが反映されるものと考えられる。「名前の中性化志向」に、ジェンダー規範に対する考え方の緩和という良い面が見られる一方で、「他とは異なる希少な名前を…」という意識から元来の漢字の音訓ルールを無視した使用傾向も見られ、今後の漢字使用への影響を懸念する結果となった。
橋本陵介
東京圏の多言語状況の調査
本稿は東京圏の多言語状況の指標として、東京圏の主要交通機関である鉄道に着目した。
鉄道は交通機関の中でも、限られた時間・スペースの中で情報を伝達する必要があるからである。限られた範囲の中ではどのような情報が必要で、実際に選択されているのか。その実態をデジタルカメラで撮影・記録し分析をおこなった。分析の結果、鉄道駅では駅名などの「駅自体の情報」よりも出口案内など「外部へ向かう情報」により多言語化の傾向が表れた。駅が「目的地へ向かうための」交通機関ということを考えると、納得のいく結果となった。また、トイレやエレベーターでは、情報を瞬時に伝えることのできるピクトグラムの使用が多く見られた。
彭懐佳
中日両国語における授受表現についての対照研究
日本語を勉強している中国語話者にとって、授受表現、特に恩恵の授受表現を習得することは難しい。たとえ文法的には正しく理解できたとしても、実際の場合で、うまく使いこなせないことは稀ではない。こうした視点から、両語の授受表現の相違点を比較検証するのが本論の主旨である。
日本語の表現は文法制約が厳しく、文法要素が顕在で、主体意識が色濃く反映され、恩恵意識と内外意識を重視している。しかし、中国語の場合、文法法則は弾力的で、文法要素が潜在で、中国画の「写意画」のようで、恩恵の意識にも拘らず、主体意識も目立たない。日中両語の授受表現の分析を通して、このような特色が確認できた。
中日両国は、社会背景の違いにもかかわらず、一衣帯水の隣国である、昔から、両国の間で思想、言語、行動様式の相互交流が盛んに行われてきた。言語は交流の重要な要素であり、対照研究に値すると思う。本稿はこれまでの先行研究の状況を踏まえて、いささかながら中国語話者の日本語勉強の示唆を提供できればと思う。
横田美智代
長野県下伊那地域在住の方言話者による方言使用の現状調査
自分の出身地である長野県下伊那地域の方言使用について調査・分析を行った。長野県の方言は青木千代吉(1952)で五つの方言に分類され、下伊那地域はその中では南信方言に属する。長野県の方言は場所によって様々な印象を持たれるが、それは長野県が海に隣接しない内陸県であり、また多くの県と隣接しているためである。その中で南信方言のイメージは「西日本の特徴がみられる」などと言及されているが、それは西日本的特徴の方言が話されている県と隣接しているためである。そこで、実際に下伊那地域に在住する方言話者がどのような方言を使い、その方言に対してどのような意識を持っているのか、それを中心にアンケート調査を行った。
結果としては、下伊那方言は特に文法の面で、西日本的特徴のものがより使われていた。
気がつきにくい方言は語彙によって異なるが、強く方言と意識されている形のものは、消滅の可能性が高く、共通語に変換が可能でありそうなものは今後も生き残る可能性が高いことが分かった。
杉山いつみ
現代流行歌における当て字の調査
私は、音楽が好きで音楽CDを買っていた。購入したCDには、歌詞カードが入っており歌詞を読みながら音楽を聴いていた。しかし、沢山音楽を聴く中で歌詞の文字と実際に歌手が歌っている歌詞には違いがあることがわかった。「真剣」を「マジ」と読んだり、「瞳」を「め」と歌ったり、「娘」と書いて「こ」とうたっているのも当て字であるということなどもわかり、他の曲を聴くときにも当て字を意識して聴くようになった。そこで現代流行歌の歌詞における当て字についての調査を行おうと思い、卒業論文のテーマとした。調査対象は1968~2007年のオリコン年間ランキング、シングル・ベスト20の800曲とした。
結果、全体を通して1番目だったのは1970年から1980年に変わるときに流行歌歌詞の変化が著しかった。当て字に関しては1986年頃にバブル経済期が始まりそれと同時に当て字が急激に増加していった。バブル経済期は好景気ということもあり、これにより様々な歌詞がみられた。表記的当て字と、音声的当て字を比較すると、反比例の関係のようにみえ、当て字にも時代によって流行があり、音声的当て字が主流のとき表記的当て字は減少し、表記的当て字が主流のときは音声的当て字が減少するという結果になった。これからの当て字の出現数は時代の流れに沿って増減を繰り返していくのであろう。