2018年度
先輩たちの卒業論文のテーマと要旨の紹介
日本大学国文学会『語文』第百六十四輯 掲載論文
- 髙木眞穗卒業論文
- 20代女性向けファッション誌に現れる略語の変化―『non-no』『JJ』『ViVi』の表紙に着目して―
李順玲
遅刻場面における言語行動の日中対照比較(修士論文)
人間関係の維持や修復を目的として行われる「謝罪」という行為は、社会生活の中で頻繁に見られるものであるが、共通の言語文化を持つ話者同士でも円滑に行うことは難しい発話行為の一種である。また、謝罪は各言語文化のルールとも密接に結びついているため、異文化や異言語を持つ話者間においてはさらに難しいものとなる。謝ることがまず重視され、言い訳は恥ずべきものだという意識を持つ日本人と、基本的に謝罪行為に対する比重が小さい中国人との間には、社会的、文化的環境の差異が存在する。謝罪文化に対する知見を得ていないことによって、他者に迷惑をかけ、文化的な摩擦が生じる場合も少なくない。このような摩擦を減らすためにも、日中の謝罪表現を比較対照する研究が必要である。
日常生活の会話を研究するため、今研究は遅刻場面を取り上げた。本研究は二つの調査から構成される。まず、アンケート調査を実施して、日本人と中国人のそれぞれが待ち合わせの時に取る行動を明らかにし、遅刻場面に対する異なる意識を浮き彫りにする。さらに、アンケート結果に基づき特定の場面を選択し、ロールプレイを行う。ロールプレイを通して、具体的な場面における日中の言語使用習慣を明らかにする。
遠藤希
方言と共通語の使い分け意識―首都圏生育の若年層を中心に―
本稿では方言と共通語の使い分けについて、アンケートを中心とした意識調査を行い、方言意識の薄い首都圏内生育の若年層に注目して年代や生育地による分析を行った。
調査の結果から、生育地は首都圏、年代は若年層、両親の生育地は首都圏×首都圏のグループが最も方言意識も使い分け意識も希薄なグループとなった。しかしながら、首都圏生育の若年層において一貫して共通語のみを話しているのは6割弱と高い値とはいえず、完全な共通語化にはまだまだ時間を要するようだ。また秋田県での調査においても一貫して方言のみを使用する人は確認されず、共通語が生活のなかにかなり浸透しているという
ことが分かった。
さらに若年層は「打ちことば」が日頃の主なコミュニケーションの一つとなっている世代ということもあり「書きことば」よりも「話しことば」に近い言語意識を持っているということも明らかとなった。
金子稜雅
少年漫画のオノマトペ
漫画は限られたスペースで絵と文字のみによって表現しなくてはいけない媒体であり、オノマトペは漫画の内容や状況、登場人物の感情など読者により伝わりやすく、簡潔に伝える手段として重要な役割を果たしていると考えられる。またオノマトペの数は多種多様であることから細かいニュアンスの違いなどを表現することができ、作品間で同じような状況を描写する際に異なるオノマトペが使われるといった使用の仕方の違いからオノマトペでも作品らしさというのがみられるのではないだろうかと考え本稿のテーマに漫画とオノマトペを選んだ。
調査結果はどの作品においてもある程度は似たオノマトペの使われ方がされており、共通する点も多くみられ、少年漫画特有のオノマトペの使われ方と思われるような傾向がみられた。さらに「擬音語」「擬声語」のような実際の音を表現したオノマトペが多くを占め、様子を表現したオノマトペ、特に感情を表現した「擬情語」があまり見られず一番少なくなるということが共通していた。またこれらのオノマトペの語分類と文字種や記号、吹き出しの有無とは密接な関係があるということがわかった。異なっている点ではオノマトペの使われている総数が作品ごとに大きな差がみられ、具体的に使われているオノマトペでも似たシチュエーションでの使われるオノマトペの差がみられた。
鈴木信吾
プロレス中継の談話分析―年代別に比較して―
スポーツ中継において、実況は欠かせないものである。映像だけでもスポーツは楽しめるものではあるが、そこに実況が加わることでスポーツの楽しさ、面白さを何倍にも増して伝えることができるのだ。本研究では、競技の独自性や歴史からプロレス中継に焦点を当て、発話数、拍数、発話内容などの観点からプロレス中継における談話の構成や時代による変化を探っていく。
調査の結果として、談話の構成は実況アナウンサーが主導権を握っており、解説者はその補助的役割を担っていることが判明した。実況アナウンサーがその場の状況や情報を伝え、解説者がプレーに対する解説や意見を述べることを重視していることが関係していた。
また、プロレス中継の時代ごとの特徴を見ることができ、その時代の競技人気が談話のスタイルに大きく影響を与えていることが判明した。時代によって求められる実況スタイルが変わってきているのだろう。
田村祥子
二次元アイドルの歌詞分析―「ラブライブ!」と「うたの☆プリンスさまっ♪」について―
2010年以降、アイドルを題材としたアニメがヒットをし始めた。アニメに登場するアイドルの歌ったCDが発売されヒットしたり、演じている声優がライブを行ったりと影響が広まり、現在では人気のコンテンツとなっている。本稿ではその中でも歌詞にどういった特徴があるのかを調査した。調査対象はコンテンツの開始が同時期で、現在でも人気のある「ラブライブ!」と「うたの☆プリンスさまっ♪」の2つとした。全楽曲の中でも「アニメ挿入歌」「主題歌」を調査対象としている。
結果として人称詞・終助詞といった性差が出やすいところで特に違いがあったものの、同じような結果が出る点も多かった。例えば人称詞では「ラブライブ」でも男性の使用する人称詞である「僕」が使用されるようになっており、男性アイドルと女性アイドルでの性差が昔よりも減ってきていることが分かった。その中でも女性アイドルが男性アイドルの方へ近づいていることが多かった。
村上裕美
ゆるキャラのネーミングとTwitter分析
地方や企業をPRするために誕生したゆるキャラは、地域や企業に関連するものを組み合わせて命名したり特徴的なツイートが多いのではないかという疑問から、ゆるキャラ名の命名方法のパターンとTwitterで見られるゆるキャラらしさや地域性について分析を行った。
ネーミングの調査結果から、ゆるキャラ名は短い言葉で柔らかさや可愛らしさを表現していることが明らかになった。また名前の組み合わせは1種類の要素で構成されやすく、ご当地キャラは地名、準ご当地キャラはPR施設名、企業キャラは企業名と各ジャンルで最もPRしたい項目がキャラクター名に採用されていた。Twitterでは、8割以上のツイートの文末にキャラ語尾が使用されておりキャラの独自性を出しており、特定の造形や地域のキャラには役割語や方言を用いる場合があることが明らかになった。また、特徴的な文末表現は記号類と共起しやすいことも分かった。方言はネーミングとTwitter共に地域性を強く出すために他の方言コンテンツでは使用されにくい方言も出現することが多かった。
青木冬陽
男性シンガーソングライターの計量的歌詞分析
現在、音楽ジャンルとして広く定着している「Jポップ」という言葉には、演歌以外のポップス・フォーク・ニューミュージック・テクノポップなど様々なジャンルの音楽がひとくくりに当てはめられている。本稿はその中からロックバンドというジャンルの男性シンガーソングライターに焦点を当てて、「Jポップ」全体との相違点や共通点を調査したものである。
結果、2010年代のロックバンドの歌詞は、時代とともに歌詞の和風化が進んでいると言われる「Jポップ」の中でもさらに和風度が高いこと、「恋愛」に関する語彙や楽曲テーマはそれほど重要ではないことなどの特徴をとらえることができた。また楽曲の発表時期を考慮した通時的な分析を行うことで、社会や自身の変化が歌詞の変化にも影響を与えうることを見出した。
大田原眞実
レシピ記事の言語学的分析~雑誌『ESSE』に着目して~
雑誌に掲載されているレシピ記事には、読者が作ってみたくなるような様々な工夫がなされている。レシピのタイトルや解説文もその一つで、料理の味や食感、調理のお手軽さなどを短い言葉で表現している。そのレシピ記事についてどのような特徴が見られるのか、また雑誌に掲載されている料理記事の変化を見ることで、人々にとっての料理というものの位置付けがどのように変化しているのかを見ることができるのではないかと考えた。雑誌『ESSE』創刊の1986年11月号から1年分を10年おきに抽出した、4年分のレシピ記事の対象とした。レシピ記事の構成をタイトル、リード文、分量、作り方に分けられるとし、その中でもタイトルとリード文について調査を行った。
タイトルについては。近年になるにつれて長文化し、使用される記号も増加した。リード文についても長文化が見られ、料理人からのアドバイスを含むようになった。タイトルとリード文ともに、それらが含む味や調理についての情報量が増えていった。レシピ記事は、単なる料理の手順を指南するものから、読み物としての側面が強くなっていった。
高橋満里奈
築地場外市場の言語景観
2018年10月6日、長い歴史を持つ築地卸売市場が豊洲移転のため閉鎖された。卸売市場でありながら、観光地としても人気であった築地市場の言語景観の今を知るために、築地場外市場における400以上の店舗を対象に言語景観調査を行った。築地場外市場全図に掲載されている店舗のうち、営業している444店舗を対象に、メイン看板や最も多言語化されている掲示物を調査アイテムに設定した。また、様々な言語内的観点を業種や通り別に
特徴が分析した。
築地場外市場では、多言語化がある程度みられた。メイン看板は古くから変わらない店も多く、恒常的掲示であるので多言語表示は少なかったが、最も多言語化されている掲示物では、約半数の店舗で多言語表示が見られ、外国人観光客が訪れることに対応していることがわかった。どちらの項目においても最も多言語表示が見られたのは寿司・海鮮丼であり、築地場外市場において最も外国人観光客を取り入れている業種であることがわかった。
越川香奈
学園恋愛漫画における役割語
普段私たちがふれあっている漫画やアニメには、さまざまなキャラクターが登場するが、特に難しく考えずこれらのキャラクターを理解し、カテゴライズできているのは、私たちが自然に役割語を理解していることからだと考えられる。
このような役割語の考えかたは、幼少期からサブカルチャーなどにふれて自然と身についていくものである。学園恋愛漫画作品を題材に、主人公のヒロインのありかたやヒーローのありかたについて探った。
ヒロインの自称詞には「わたし」と「あたし」がみられ、「わたし」がより多く使用されていた。ヒロイン自身の特徴にこれといった明確な差はみられなかったが、ヒーローの呼び方やヒーローからの呼ばれ方に大きく差がでた。「あたし」を使用するヒロインは、ヒーローを呼び捨てで呼び、ヒーローに呼び捨てで呼ばれるというものである。
ヒーローの自称詞には「おれ」と「ぼく」がみられ、「おれ」がほとんどのヒーローで使用されていた。ヒーローの自称詞は「おれ」が標準的であることがわかったが、「おれ」「オレ」「俺」の表記の違いからも、ヒーロー像の違いをみることができた。
髙木眞穂
20代女性向けファッション誌における文体の変化―『non-no』『JJ』『ViVi』の表紙に着目して―
本研究では、流行をいち早く取り上げ読者に提供している20代女性ファッション誌『non-no』『JJ』『ViVi』の3誌を対象に分析を行い、言語の変化を探った。流行に敏感である20代をメインターゲットとしている雑誌では、絶えず変化し多くの新語・流行語を生み出しているであろうと考えた。1985年から現在までの雑誌を分析対象とし、年代ごとにどのような変化が見られるのか明らかにした。加えて、雑誌間での比較も行い、多種多様なファッション誌が存在する中で3誌がどのようにしてその雑誌「らしさ」を確立しているのかも考察した。
年代間の比較では、1980年代では3誌ともに似た傾向を持っていた。しかし、1990年代から次第に3誌間で違いが見られるようになり、2000年代でその雑誌「らしさ」が確立されていた。どの年代においても絶えず変化が続いているということもわかった。
雑誌間の比較では、1980・90年代までは創刊年の古い『non-no』をお手本に似た傾向があった。しかし、2000年代になると雑誌によって違う特徴が見られた。特に、記号の使用、略語、複合語においては創刊年の新しい『ViVi』が先行していた。3誌それぞれが、扱うファションジャンルや読者を意識し、お互いに影響し合いながらその雑誌「らしさ」を確立していた。